キンプリ(king&prince)平野紫耀が東京に引っ越した理由はなぜ?親の都合?

キンプリ平野紫耀が、東京に引っ越した理由はなぜ?

親の都合だったの?

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キンプリ平野紫耀が、東京に引っ越しをした理由を解説します。

平野紫耀が、なぜ東京に引っ越したの?親の都合だったの?東京での活動は?

平野紫耀は、母親の仕事の都合で、東京への引っ越しが決まりましたが、母親の病気が見つかり母親は、来れなくなりました。

しかしマンションの契約が済んでいたため、そのまま、おばあちゃんと二人だけで暮らすことになります。

この後に、永瀬廉も、父親の転勤の都合で、東京に引っ越しをしています。

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関西Jrとして活動

平野紫耀は、「Kin Kan」として現SnowManの向井康二、金内柊真(2015年退所)と、活動していました。

永瀬廉は、「なにわ皇子」として現なにわ男子の西畑大吾、大西流星と、活動していました。

2つのユニットは、「なにきん」といわれファンに親しまれていました。

しかし、この2つのユニットは活動が、徐々に減っていき自然消滅に。

その後、平野紫耀、永瀬廉は、東京Jrとの仕事が増えていきました。

「なにきん」ファンの反応

2人とも東京に行くタイミングが、同じくらいだったので、「なにきん」のファンから、反発がありました。

「なにきん」の、面白く、仲の良いところを知っているファンは、「なにきん」で、デビューしてほしい!と思っているファンも多かったので、東京に引っ越す事に対して、批判的な意見も多数ありました。

東京での活動

平野紫耀は、東京での活動を始めます。

平野紫耀、永瀬廉、東京Jrの髙橋海人で、東京・帝国劇場で、舞台「DREAM BOYS」のメインキャストに抜擢されました

2015年から平野紫耀、永瀬廉、髙橋海人の3人で、「Mr.King」としての活動が始まります。

2015年に、開催されたコンサート「ジャニーズ銀座2015」で、平野紫耀、永瀬廉、髙橋海人、岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹(2021年退所)の、6人で座長を務めます。

平野紫耀、永瀬廉、髙橋海人の「Mr.King」の3人と、岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹(2021年退所)の、「Mr.Prince」の3人で、「Mr.King vs Mr.Prince」として、期間限定で組むことになり、「テレ朝の六本木夏祭りイベントSUMMER STATION」の、応援サポーターを6人で就任。

東京ドームで開催された「マツダオールスターゲーム2015」で、公式テーマソングの「サマーステーション」を初披露。

テレビ朝日「MUSIC STATION」にも出演しています。

「テレ朝の六本木夏祭りイベントSUMMER STATION」が終了とともに、「Mr.King vs Mr.Prince」は、解体し、「Mr.King」と「Prince」として別々に活動していきます。

平野紫耀は、なぜ東京に引っ越したの?親の都合だったの?引っ越しの時の、平野紫耀の思いは?

東京に、引っ越しをした事について本人が、語っています。

引っ越しの時の思いは?

平野紫耀は、東京に引っ越す事になった経緯を話しています。

僕は、親の都合で、東京に行かなければならなくなって、「絶対にいやだ。名古屋に残る。」って言ったんです。でも、東京で住むマンションの契約が済んでいて行かなくちゃいけなかった。

一度は、東京行きを、決めるのですが、母親が病気になり地元に、入院する事になって、もう東京に行く理由はないし母親のそばにいたかった

上京を一度決めてしまったので、東京での仕事が決まっていて、東京に行く前日まで、「行きたくない。」って駄々こねてました。

ジャニーさんには、「一度東京に来たら戻れないよ。」って言われてたので、前を向くしかない状況だった。

と語っています。

平野紫耀の引っ越しの理由は、親の都合で、「名古屋に残る。行きたくない。」と思っていた事が、分かりました。

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「なにきん」として、活動をして、ずっとこの楽しい時間が、続けばいいなと思っていた事も語っています。

「Kin Kan」を好きでいてくれた人たちへの気持ちも、語っています。

厳しい意見もあった事に対して、「KinKan」を好きでいてくれた人たちの、気持ちも分かっていたので、僕が発する言葉で、誰かを傷つけると思い関西のことは、何も話さないでおこうと思っていた時期があったと、話しています。

親の都合とはいえ、「KinKan」や「なにきん」の活動を止めてしまったという申し訳ない気持ちが、ずっとあったと語っています。

東京に出てきた時点で、もう関西には戻らない覚悟だったとも言っています。

平野紫耀は、覚悟をもって東京に出てきたのですね。

2022年に、「Kin Kan」で同じグループだった向井康二と対談しています。

「KinKan」で、活動していた向井康二と対談

Jr時代「KinKan」として活動していた二人が、対談をして、お互いの好きなところを語っています。

平野紫耀は、向井康二の、「変わらない性格、そのピュアな雰囲気がすごく好き。」

向井康二は、平野紫耀の、「ハスキーな声が好き。人柄のよさが出ている歌声もいい。」

と、和やかな様子での対談でした。

東京に引っ越しする時に、気まずさがあったとしたら、対談とは、ならないですよね

まとめ

東京にいく事は、親の都合で、「行きたくない。」と思っていた事が分かりました。

親の都合とはいえ、「Kin Kan」や「なにきん」の活動を止めてしまったという申し訳ない気持ちが、ずっとあったと話しています。

平野紫耀は、東京に出てきたことで、永瀬廉、髙橋海人と、「Mr.King」として活動し、岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹(2021年退所)の、「Mr.Prince」と一緒に、「Mr.King vs Mr.Prince」として6人で活動をしたことで、「Mr.King vs Mr.Prince」で活動する誇りがあったと語っています。

この6人は、ただの仲良しではなく競い合ってグループを高めていける関係性、僕の理想のグループ像とも話しています。

2018年に「King&Prince」として6人で、デビューが、発表されます。

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平野紫耀は、「Mr.King vs Mr.Prince」の時代から、このグループなら、切磋琢磨していけると思っていたのですね。

東京に引っ越して、様々な経験をしたことで、今の「King&Prince」につながり、これからもさらに進化していく姿が、とても楽しみですし、応援したいと思います。

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